任意後見とは

 既に判断能力が低下した者を対象とする事後的措置としての法定後見に対して,任意後見は,本人が十分な判断能力を有しているうちに,将来,判断能力が低下したときに備えて予め準備しておく事前的措置としての制度です。

任意後見契約の締結

 任意後見では,本人が,自分自身で選任した信頼のおける者(任意後見受任者)との間で,自己の生活,療養監護及び財産の管理に関する事務のうち,任意後見受任者に委任する事務の範囲を定めた任意後見契約を締結します。

 任意後見契約は,家庭裁判所が,任意後見人の事務を監督する任意後見監督人を選任することを効力発生要件としており,これは,家庭裁判所が,任意後見監督人を通して,任意後見人を監督することで,任意後見人による,権限の濫用を防止することを目的としています。

 また,任意後見契約は,公証人の作成にかかる公正証書により契約書を作成することが要件とされており,任意後見契約の内容に関して,法律の専門家である公証人のチェックが入る仕組みとなっています。

 そして,公証人の作成にかかる公正証書によって任意後見契約書が作成されると,公証人の嘱託により,その内容が登記されます。

 なお,任意後見法で定めた要件を満たさない契約は,任意後見契約として効力を生じませんが,民法上の委任契約として有効と解される虞がありますが,前述のとおり,任意後見契約書の作成には公証人が関与するため,無効な任意後見契約書が作成される虞はないものと思われます。

任意後見の開始

 任意後見契約は,家庭裁判所が任意後見監督人を選任したときからその効力を生じるため,本人の判断能力が低下したときは,本人,配偶者,四親等内の親族又は任意後見受任者は,速やかに,本人の住所地を管轄とする家庭裁判所に対して,任意後見監督人選任の申立てを行わなければなりません。

 任意後見監督人選任の申立てがなされると,家庭裁判所は,医師の診断書等により,本人の精神状況の認定を行うとともに,任意後見監督人選任の申立てが,本人以外の者によってなされたときは,自己決定の尊重の観点から,本人の陳述を聴取したうえで,申立てが適法で,かつ任意後見監督人を選任するのが相当と判断したときは,申立てを認容する審判を行います。

任意後見人等の職務

 任意後見人は,任意後見契約に定めた委任事項に従って,本人の生活,療養監護及び財産の管理に関する法律行為を本人に代わって行います。具体的には,本人の生活費に充てるために,預貯金の払戻しを受けたり,医療費や入院費の支払い,デイケア等の福祉サービス利用契約や介護施設等への入所契約の締結,さらには,介護施設等への入所費用をを捻出するために,本人名義の不動産を処分する行為など,任意後見契約に基づき本人から授権された事務を遂行します。

 また,任意後見監督人は,家庭裁判所に対し,任意後見人の事務に関し定期的に報告しなければならず,任意後見監督人は,いつでも,任意後見人に対しその事務の報告を求めたり,任意後見人の事務又は本人の財産の状況を調査することができます。そのため,任意後見人としては,任意後見監督人に対し,事務処理の状況や本人の財産の状況について定期的に報告することも任意後見人の職務の一つになります。

 任意後見契約は,代理権を付与する委任契約であり,後述のとおり,本人の死亡により,委任事務は終了となり,死亡後の事務は含まれません。したがって,本人に身寄りがなく,葬儀の手配や遺品の整理等,死亡後の事務も併せて委任したい場合には,別途その旨の委任契約を締結する必要があります。

 なお,任意後見契約は,民法において定める委任契約の一類型であり,無償が原則ですが,任意後見契約において報酬を支払う旨の規定があれば,任意後見人は,本人の財産より規定の報酬を受領することができます。一方,任意後見監督人の報酬は,家庭裁判所が,任意後見監督人の遂行した監督事務の内容や本人の資力,任意後見監督人と本人との関係等を考慮して,本人の財産の中から,審判により相当な報酬を任意後見監督人に付与します。

任意後見契約の終了

 任意後見契約は,任意後見契約の解除,任意後見人の解任,法定後見の開始の他,本人又は任意後見人の死亡若しくは破産手続開始決定によって終了します。

 任意後見人が死亡した場合,任意後見契約は終了し,任意後見人の権利義務が相続人に承継されることはありませんが,相続人は,任意後見人が死亡した旨,後見監督人等に報告するとともに,任意後見人が管理・保管している本人の財産等を引き渡す義務を負うことになりますので,任意後見人を受託した場合には,親族に対してその旨及び本人の財産の管理状況を説明しておく必要があろうかと思われます。