成年後見とは

 成年後見とは,法定後見制度の一類型であり,認知症や知的障害,精神障害等,精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に対する後見制度です。

 事理を弁識する能力を欠くとは,日用品の購入等,日常生活における法律行為を行う意思能力を喪失した状態であるとされています。

成年後見開始の申立て

対象者

 後見の対象となる者は,精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者であり,事理弁識能力を欠くとは,もっとも簡易な法律行為,すなわち日常生活に必要な買い物などをするに足る能力もないこと言い,常況にあることとは,時に回復することがあっても概ねそのような状態にあることを言います。

申立権者

 成年後見開始の申立権者として,民法第7条では,本人,配偶者,四親等内の親族,未成年後見人,未成年後見監督人,保佐人,保佐監督人,補助人,補助監督人及び検察官が規定されていますが,成年後見開始の申立ての要件が,本人が事理を弁識する能力を欠く常況にあることとされており,現実的には本人が申立てることは想定し難いと思います。

 また,民法上の申立権者の外,任意後見契約法第10条において,本人の利益のため特に必要があると認めるときに限って,任意後見受任者,任意後見人及び任意後見監督人にも後見開始の申立権を認めています。

 さらには,65歳以上の者,知的障害者及び精神障害者に関しては,申立権を持つ親族がいない場合,あるいは親族がいてもその者による申立てが期待できない場合など,その福祉を図るために特に必要があると認められるときに限って,市町村長にも,後見開始の申立権が認めれています(老人福祉法第32条,知的障害者福祉法第28条,精神障害者福祉法第51条の11の2)。

申立費用の負担

 申立てに要する費用としては,以下の3つに分けることができます。

種 別 例 示
手続費用 裁判上の費用 申立手数料,送達等に要する郵券代,鑑定費用,登記手数料etc
裁判外費用 申立書の作成料,裁判所への出頭費用etc
手続費用以外の費用 診断書の作成料,戸籍謄本等交付手数料etc

 手続費用は,原則として申立人の負担となりますが,裁判所は「特別ノ事情」があるときは,本人に負担を命ずることができますので,申立人としては,家庭裁判所に対し,本人負担決定の上申をし,決定が出されればそれに従って本人に求償することができます。

 なお,家庭裁判所実務では,手続費用を含めた申立てに要する費用について,後見開始後に事務管理の類推により,被保佐人本人に求償することを認めている例が一般的なようです。

申立手続

 後見開始の申立は,本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対し,申立書とともに以下の添付書類を提出します。

 ①申立人の戸籍謄本
 ②本人の戸籍謄本・戸籍の附票・登記されていないことの証明書・診断書
 ③ 後見人候補者の戸籍謄本・住民票・身分証明書・登記されていないことの証明書
 ④本人に関する照会書
 ⑤本人に関する資料(障害者手帳,年金手帳,預貯金通帳の写し,不動産登記事項証明書等々)
 ⑥後見人候補者に関する照会書
 (※添付書類は,必ず管轄の家庭裁判所で確認してください)

 また,申立書及び添付書類の外,申立て費用として,収入印紙800円,登記印紙4,000円,郵便切手約4,000円分(郵券の種類及び枚数は,管轄家庭裁判所にお問い合わせ下さい)及び予納金10万円を収めます。予納金は,医師への鑑定費用等に充てられた後,残余があれば還付されます。なお,医師の鑑定費用は,一般的には5万円前後のようですが,鑑定を引き受けてくれる医師によって異なりますので,もし,主治医が鑑定を引き受けてくれるようなら,事前にいくらで引き受けてくれるか確認しておくと良いと思います。また,後見開始申立書に添付した主治医の診断書等から,後見開始が適当であることが明らかな場合には,鑑定を行わず,後見開始の決定がなされることもあります。

審判手続

 後見開始申立書が,管轄家庭裁判所で受理されると,審尋期日が指定され,申立人と後見人候補者は,審尋期日に,家庭裁判所に出頭し,担当調査官から,本人の状態や資産状況,後見人候補者の資産状況(特に後見人候補者が借金を抱えている場合などには,被後見人の資産を私的に流用する虞があり,不適格の判断材料となる可能性があります)及び選任後のケアプラン等について質問を受けます。調査官の審尋や家庭裁判所の調査の結果,必要に応じて医師に精神鑑定を依頼し,精神鑑定を行った医師から提出された鑑定書と家庭裁判所の調査結果をもとに,後見開始の決定と後見人の選任がなされます。

 なお,申立てにあたって,後見人候補者を立てることができますが,本人の状態や資産状況,後見人の適性等を総合的に判断したうえ,最終的には,家庭裁判所が決定することになり,必ずしも,後見人候補者が後見人に選任されるとは限りません。特に,本人が高額な財産を有している場合や賃貸不動産を所有している場合には,弁護士等の法律専門家が後見人に選任されるのケースが多いかと思われます。また,後見開始の申立てを行ったところ,精神鑑定を行った医師から提出された鑑定書と家庭裁判所の調査結果から,補助が適当だと判断された場合には,補助開始の決定がなされることもあります。

申立ての取下げ

 ところで,後見開始の申立てを取り下げることができるかどうかについては,判例学説で意見が分かれるところであり,判例は,申立主義の見地から審判確定前の取り下げを認めるところですが,取り下げを認めるのは適当ではないとする学説も有力なようです。

成年後見人等の職務と権限

概要

 成年後見人の職務は,大きく分けて,『財産管理事務』,『身上監護事務』,『家庭裁判所への報告事務』の3つがあり,これらの職務を遂行するために,成年後見人には包括的な代理権と取消権が与えられています。他方,成年後見人は,職務遂行にあたっては,常に被後見人の意思を尊重し,その心身状態及び生活の状況に配慮するとともに,善良なる管理者の注意義務をもって職務遂行しなければなりません。

財産管理事務

 成年後見人は,選任審判確定後遅滞なく,現金や預貯金通帳,有価証券,登記済権利証,印鑑等の引渡しを受け,被後見人の資産及び負債について調査し,1ヵ月以内に,財産目録を調製し,これを家庭裁判所に提出しなければなりません。なお,財産調査が難航し,期間内に財産目録の調製が困難な場合には,家庭裁判所に対し,期間伸長の申立てをすることができます。なお,財産目録の調整が終了するまでは,成年後見人は急迫の必要がある行為しかできず,調整後,成年後見人としての通常の職務が始まります。

 成年後見人は,被後見人の財産に関する法律行為について包括的な代理権が与えられているが,雇用契約等被後見人の行為を目的とする債務を負担する場合には被後見人自身の同意を要し,また後見監督人が選任されている場合において,民法第13条第1項に定める行為をするときは,後見監督人の同意を得る必要があります。なお,一般的に後見監督人には,弁護士等の専門家が選任されますので,民法第13条第1項に定める行為に限らず,常に,後見監督人に相談,報告するよう心がけておく方が良いと思います。

 また,居住用不動産の処分は,被後見人の生活及び身上に多大な影響を与える虞があり,居住用不動産の処分に関しては,家庭裁判所の許可が必要となります

 ところで,婚姻や養子縁組等の身分行為などの一身専属的行為は,成年後見人の事務の範囲には含まれませんが,被後見人を原告又は被告とする離婚の訴えや離縁の訴え等については,その法定代理人として訴訟行為を行うことができます。

身上監護事務

 身上監護事務とは,被後見人の生活の維持や医療・介護等身上の保護に関する事務であり,主に,①医療,②住居,③施設の入退所,④介護・リハビリの4つの事項に関する,制約の締結,相手方の履行の確保及び契約の解除等の法律行為を行うことであり,現実の介護行為等の事実行為を行うことは,原則として含まれません。

成年後見事務費用

 成年後見の事務を行うために要した費用は,家庭裁判所の審判を得るまでもなく,被後見人の財産の中から支出することができる。

成年後見人等の報酬

 成年後見人等は,当然に報酬付与請求権を有するものではないが,家庭裁判所は,被後見人の資力その他の事情を勘案して,被後見人の財産の中から,相当な報酬を与えることができ,実務では,家庭裁判所に事務報告書を提出する際に併せて,報酬付与の審判の申立てを行っています。

家庭裁判所への報告事務

 家庭裁判所は,成年後見人を監督するために,成年後見人に対して,定期的に後見事務の報告を求めることになっており,成年後見人は,家庭裁判所に対して,報告書に,財産目録や収支明細書,預貯金通帳の写し等を添付して,提出しなければなりません。

成年後見の終了

終了事由と終了の登記

 成年後見の終了には,成年後見開始の審判が取り消されたり,被後見人が死亡した場合には,成年後見の事務を継続する必要がなくなり,成年後見自体が終了する「絶対的終了」と,成年後見人自身の死亡や資格喪失等により,成年後見自体は終了しないが,当該成年後見人の職務が終了する「相対的終了」があります。

 被後見人の死亡等,監督機関である家庭裁判所が関与しない事由により,成年後見が絶対的に終了した場合には,家庭裁判所に対して,成年後見終了の報告を行うとともに,指定法務局に対して,成年後見終了の登記を申請しなければなりません。なお,成年後見開始の審判の取消しにより,成年後見が絶対的に終了した場合には,裁判所書記官より,成年後見終了の登記の嘱託がなされ,成年後見人の死亡等により,成年後見が相対的に終了した場合には,新たに成年後見人の選任の審判がなされ,裁判所書記官より,成年後見人の氏名,住所などの変更登記の嘱託がなされます。

成年後見終了後の事務

 成年後見人は,成年後見の絶対的又は相対的終了により,任務が終了したときは,当該終了事由の発生から2ヵ月以内に,成年後見事務の執行に関して生じた被後見人の財産の変動及び現状を明らかにするために,成年後見期間中の収支決算書及び成年後見終了時の財産目録を調製するとともに,管理している被後見人の財産を精算し,その結果を権利者に対して報告しなければなりません。ちなみに,報告を受ける権利者とは,被後見人が死亡した場合には,相続人又は受遺者,その他の場合には,被後見人又は後任の成年後見人です。

 成年後見が終了すると,成年後見人は,成年後見開始の審判に基づく,後見財産の管理権を失うため,当該管理財産を正当な権利者に対して引き渡さなければなりません。被後見人の死亡により,成年後見が終了した場合には,当該管理財産は,被後見人の共同相続人のうち,どなたか一人に引き渡せば足りますが,後の紛争を避けるためにも,共同相続人全員による管理財産の引渡しに関する合意書を作成しておくことをお勧めします。

 以上,成年後見事務の精算,相続人等への精算報告及び管理財産の引渡しが終了した後,監督機関である家庭裁判所に対して最終的な成年後見事務終了報告を行って,ようやく,本当の意味での成年後見事務が終了することになります。

 なお,成年後見人の死亡により,成年後見が終了した場合,上記精算及び報告事務は,成年後見人の相続人が行わなければなりません。